心理学が導く!子どもとの対話で育む目標設定力と達成行動 - 目標設定理論と自己効力感の視点
はじめに:子どもが目標を持ち、達成することの意義
子どもたちが健やかに成長していく過程において、自ら目標を設定し、それに向かって努力し、達成する経験は極めて重要な意味を持ちます。このような経験は、自己肯定感や自己効力感を高め、将来にわたる学習意欲や困難への対処能力を育む基盤となります。しかしながら、子どもが一人で効果的な目標設定を行い、途中で挫折することなく達成までたどり着くことは容易ではありません。保護者や教育者、支援者といった周囲の大人が、適切な対話を通じて子どもの目標設定と達成行動をサポートすることが不可欠となります。
本稿では、心理学の知見に基づき、子どもが自身の目標を見出し、それに向かって歩みを進めるための対話のあり方について考察します。特に、組織心理学や教育心理学の分野で広く研究されている「目標設定理論(Goal-Setting Theory)」と、個人の行動遂行能力への自信を扱う「自己効力感(Self-Efficacy)」の概念に焦点を当て、これらの理論が子どもとの対話においてどのように活用できるのかを詳細に解説します。
目標設定理論から学ぶ子どもとの対話アプローチ
エドウィン・ロックとゲーリー・レイサムによって提唱された目標設定理論は、明確で挑戦的な目標がパフォーマンスを高めることを示唆しています。この理論は、子どもたちの学習や行動にも応用可能です。目標設定理論の主な要素と、それを踏まえた対話のポイントを見ていきましょう。
1. 目標の具体性(Specificity)
漠然とした目標(例:「勉強を頑張る」)よりも、具体的で測定可能な目標(例:「明日までにドリルを5ページ進める」「漢字練習を1日10個やる」)の方が、行動を方向づけやすく、達成度も評価しやすくなります。
- 対話のポイント: 子どもが立てた目標が抽象的な場合、「具体的にどういうことかな?」「何をするか、もう少し詳しく教えてくれるかな?」のように問いかけ、行動レベルまで掘り下げる対話を促します。例えば、「頑張る」という言葉が出たら、「頑張るって、具体的に何をする予定かな?」と尋ね、「算数のこのページを解くこと」のように具体化を支援します。
2. 目標の困難度(Challenge)
目標は容易すぎず、かといって非現実的すぎない、少し挑戦的なレベルである方が、モチベーションを高め、最大限の努力を引き出す傾向があります。
- 対話のポイント: 子どもが設定した目標が易しすぎる場合は、「これはすぐにできそうだね。もしよかったら、あと少しだけレベルを上げてみるのはどうかな?」と提案し、子どもの反応を見ながら調整します。逆に、目標が明らかに困難すぎる場合は、「すごく大きな目標だね!これを達成するために、まずはここから始めてみるのはどうだろう?」のように、より小さく段階的なステップに分解することを促す対話を試みます。重要なのは、子どもの意欲を尊重しつつ、達成可能な範囲で挑戦を促すことです。
3. 目標の受容(Acceptance)
設定された目標が、子ども自身によって「自分の目標だ」と受け入れられていることが、目標達成へのコミットメントを高めます。他者から押し付けられた目標よりも、自分で決めたり、決めるプロセスに参加したりした目標の方が、主体的に取り組む可能性が高まります。
- 対話のポイント: 目標設定の過程で、子どもの意見や希望を十分に聞き、目標が子ども自身の内発的な動機と結びついているかを確認します。「どうしてそれを目標にしたいと思ったの?」「それが達成できたら、どんな気持ちになるかな?」のように、目標の意義や価値について子ども自身が考える対話を促します。
4. フィードバック(Feedback)
目標達成に向けた進捗に関するフィードバックは、現在の位置を確認し、必要に応じて行動を修正するために不可欠です。フィードバックは、目標との乖離を明らかにし、モチベーションを維持する役割も果たします。
- 対話のポイント: 定期的に目標の進捗状況について話し合う機会を設けます。「今の進み具合はどうかな?」「何か困っていることはある?」と尋ね、子ども自身が状況を振り返り、必要に応じて目標や方法を見直す対話を支援します。フィードバックは、評価や批判ではなく、あくまで目標達成に向けた建設的な情報提供として行います。
自己効力感を育む対話の視点
アルバート・バンデューラが提唱した自己効力感とは、「自分は特定の課題を遂行できる」という自己に対する信念のことです。自己効力感が高い子どもは、困難な課題にも粘り強く取り組む傾向があります。子どもとの対話は、この自己効力感を育む上で重要な役割を果たします。
自己効力感は主に以下の4つの情報源によって形成されるとされています。
1. 達成経験(Mastery Experiences)
自分自身の成功体験は、自己効力感を高める最も強力な情報源です。目標達成の経験は、まさにこの達成経験そのものです。
- 対話のポイント: 子どもが小さな目標でも達成した際には、その努力と成果を具体的に承認し、成功体験として子ども自身が認識できるよう促します。「〇〇ができたのは、△△のように頑張ったからだね。素晴らしいね!」「この前できなかった□□ができるようになったのは、毎日の練習のおかげだね」のように、成功の要因を努力や工夫と結びつける対話を心がけます。
2. 代理経験(Vicarious Experiences)
他者(特に自分と似たような人)が成功するのを見ることも、自己効力感に影響を与えます。「あの人にできるなら、自分にもできるかもしれない」という気持ちが生まれます。
- 対話のポイント: 他の子どもの成功体験や、自分自身の過去の成功体験について語ることで、子どもに「自分にも可能性がある」と感じさせる対話を行います。「お兄ちゃんも最初はこれが苦手だったけれど、毎日練習してできるようになったんだよ」「去年の君はこれが難しかったけれど、頑張って克服した経験があるよね。今回も大丈夫だよ」のように、具体的な事例を共有します。
3. 言語的説得(Verbal Persuasion)
「君ならできる」といった励ましの言葉も自己効力感を高める効果がありますが、これは他の情報源に比べて効果は限定的であるとされています。単なる根拠のない褒め言葉よりも、具体的な根拠に基づいた励ましがより有効です。
- 対話のポイント: 子どもの強みや過去の成功経験に触れながら、「〇〇ができる君なら、きっとこの課題にも取り組めると思うよ」「前に△△を乗り越えた経験があるから、今回もきっと大丈夫」のように、具体的な根拠を伴って励ます対話を心がけます。不可能なことを「できる」と言うのではなく、現実的な可能性を伝えることが重要です。
4. 情動的喚起(Physiological and Affective States)
課題に取り組む際の不安や緊張といった情動状態も、自己効力感に影響します。過度な不安は自己効力感を低下させます。
- 対話のポイント: 子どもが目標に取り組む上で不安や恐れを感じている場合は、その気持ちを言葉にできるよう促し、共感的に耳を傾けます。「少し心配な気持ちがあるんだね」「これは難しそうだと感じているんだね」のように、子どもの感情を受け止める対話を大切にします。また、リラックスできる雰囲気を作ったり、深呼吸などの簡単な対処法を提案したりすることも、情動を調整し自己効力感を高める上で有効です。
目標設定と自己効力感を統合した実践的対話例
これまでの理論的視点を踏まえ、子どもが目標設定から達成まで主体的に取り組めるよう支援する具体的な対話のステップを以下に示します。
ステップ1:目標を探求・設定する対話
- 「今、一番頑張ってみたいこと、できるようになりたいことは何かな?」
- 「それができるようになると、どんな良いことがあるかな?」
- 「具体的にどんなことをする予定かな?いつまでにできそう?」
- 「それは、君にとって少し挑戦かな?難しすぎない?簡単すぎない?」
- 「それを目標にすると決めたのは、どんな気持ちから?」
ステップ2:目標達成に向けた計画を立てる対話
- 「その目標を達成するために、まず何から始めようか?」
- 「どんな方法で取り組むのが良さそうかな?」
- 「もし途中で難しくなったら、どうしたら良いと思う?」
- 「いつ、どのくらい時間をかけて取り組むのが良いかな?」
ステップ3:遂行中の進捗を確認し、支援する対話
- 「目標への進み具合はどうかな?うまくいっていることは?」
- 「何か困っていることや、難しいと感じていることはある?」
- 「もし困難なら、やり方を変えてみる?目標を少し調整してみる?」
- 「ここまでの頑張りは、具体的にどんなことかな?すごいね!」(努力のプロセスに焦点を当てる)
- 「前に〇〇ができた時みたいに、今回も粘り強くやってみようか。」(過去の成功体験に触れる)
ステップ4:目標達成後または未達成後の振り返り対話
- 「目標、達成できたね!どんな気持ち?」
- 「目標を達成するために、どんなことを頑張ったかな?何が一番効果的だったと思う?」
- (未達成の場合)「今回は残念だったけれど、目標に向かって頑張ったことはたくさんあるよね。特にどんなことを頑張ったかな?」
- (未達成の場合)「もし次にもう一度挑戦するなら、どんなことを変えてみる?」「今回の経験から、どんなことを学べたと思う?」
- 「今回の経験を次にどう活かそうか?また新しい目標を立ててみる?」
これらの対話を通じて、子どもは自身の目標を明確に認識し、達成に向けた具体的な行動計画を立て、困難に直面した際の対処法を考え、そして何よりも、自分には目標を達成する力があるという感覚(自己効力感)を育んでいきます。大人は、答えを教えたり指示したりするのではなく、あくまで子どもの主体的な思考と行動をサポートする「伴走者」としての役割を担います。
まとめ
子どもが人生において直面する様々な課題に対し、自ら目標を設定し、粘り強く取り組んでいく能力は、その後の成長にとってかけがえのない財産となります。本稿では、心理学における目標設定理論と自己効力感の視点から、子どもとの対話がこの能力を育む上でいかに重要であるかを解説しました。
明確で挑戦的な目標設定を支援すること、目標達成に向けたプロセスで適切なフィードバックを提供すること、そして何よりも、子どもの小さな努力や成功を認め、自身の可能性を信じられるような関わりを持つこと。これらの対話の積み重ねが、子どもたちの自己効力感を高め、困難に立ち向かう力を育みます。
心理学的な理論は、子どもとの対話における効果的なアプローチを理解するための重要な手がかりとなります。これらの知見を参考に、目の前の子ども一人ひとりの個性や状況に合わせた柔軟な対話を実践していくことが、子どもたちの健やかな成長を支えることに繋がるでしょう。
参考文献(仮想)
- Bandura, A. (1997). Self-efficacy: The exercise of control. W. H. Freeman.
- Locke, E. A., & Latham, G. P. (1990). A theory of goal setting and task performance. Prentice-Hall, Inc.
- 内田伸子・村瀬聡美 (編著). (2020). 発達心理学入門 第3版. 有斐閣. (子どもの発達段階に応じた目標設定への理解に資する)
- 教育心理学会 (編). (xxxx). 教育心理学用語辞典. 金子書房. (目標設定理論、自己効力感に関する専門用語の確認に資する)
(注:参考文献は執筆の参考とした一般的な知見に基づき仮想的に記載しています。実際の学術論文や書籍を参照し、正確に記載する必要があります。)