心理学が導く!道徳性発達を促す子どもとの対話 - コールバーグと社会学習理論からの視点
子どもの健やかな成長において、道徳性の発達は重要な要素の一つです。他者への配慮、公正さの理解、社会規範の遵守といった道徳的な判断力や行動様式は、対人関係や社会生活の基盤となります。子どもが自身の内にある道徳的な感覚を育み、より洗練された道徳的推論を行えるようになる過程には、周囲の大人の関わり、特に「対話」が深く関与します。
本記事では、子どもの道徳性発達を心理学的な視点から捉え、効果的な対話を通じてどのように発達を支援できるのかを考察します。特に、道徳性発達研究における古典的かつ影響力の大きい理論であるローレンス・コールバーグの道徳性発達段階論と、アルバート・バンドゥーラの社会学習理論に焦点を当て、それぞれの理論から導かれる対話への実践的な示唆を提供します。理論的な知識と具体的な対話のアプローチを結びつけることで、読者の皆様が子どもとの関わりにおいて、道徳性発達を促す対話の手法を習得し、応用するための知見を得られることを目指します。
子どもの道徳性発達:心理学的な枠組み
道徳性発達は、善悪の区別、ルール理解、他者の権利や感情への配慮などが獲得されていくプロセスです。ジャン・ピアジェは、子どもの道徳性判断が、他律的な段階から自律的な段階へと移行すると提唱しました。ルールを絶対的なものとして捉える他律的な段階から、意図や状況を考慮してルールを相対的に解釈する自律的な段階への移行には、ピア間の相互作用や大人の関わりが重要であるとしました。
ピアジェの研究を発展させたコールバーグは、より詳細な道徳性判断の発達段階モデルを提唱しました。彼は、子どもが道徳的なジレンマ(例えば、有名なハインツのジレンマ)に対する応答を通して示す推論のパターンを分析し、道徳性発達を3つのレベルと6つの段階に分類しました。この段階は、判断の基準が自己中心的欲求から、社会的な規範、そして普遍的な倫理原理へと移行していく過程を示しています。
一方、バンドゥーラは、道徳性も他の行動と同様に、観察学習やモデリング、強化といった社会的相互作用を通じて獲得されると説明しました。子どもは、他者(特に重要なモデル)の行動を観察し、その行動の結果(強化や罰)を知ることで、どのような行動が社会的に適切かを学習します。また、自己制御のメカニズムも道徳性において重要であるとし、内的な規範や基準に照らして自身の行動を評価し、自己強化や自己罰を与えるとしました。
これらの理論は、道徳性発達を促す対話の重要性を示唆しています。コールバーグの理論は、子どもの道徳的推論の質に注目し、より高次の推論を促すような対話のあり方を、社会学習理論は、具体的な行動の学習や自己制御を支援する対話の重要性を示唆しています。
コールバーグの道徳性発達段階に応じた対話アプローチ
コールバーグの理論に基づけば、子どもが現在どの道徳性発達段階にいるのかを理解することが、効果的な対話の出発点となります。そして、子どもが一つ上の段階の推論に触れる機会を提供することが、発達を促す鍵となります。これを「プラス1推論 (+1 reasoning)」と呼びます。
各段階の子どもとの対話のポイントを具体的に見ていきましょう。
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レベル1:前慣習的レベル
- 段階1:罰と服従の志向:ルールは破ると罰せられるから守るべき、という考え方です。
- 対話例とポイント: ルールを守らなかった結果生じる否定的な結果(自分や他者の不利益、罰)を具体的に示し、なぜルールがあるのかを、罰を回避するという観点から説明することが有効です。「これをしないと、〇〇なことになってしまうよ」「もしルールを破ったら、△△(罰)があるね」といった直接的な結果への言及が理解されやすい場合があります。ただし、過度な罰や脅しは道徳性の内面化を妨げる可能性があるため注意が必要です。
- 段階2:道具的相対主義の志向:自分にとっての利益や交換に基づいた考え方です。「やられたらやり返す」「自分にも得があるなら協力する」といった互恵的な考え方です。
- 対話例とポイント: 互恵的な関係性や、他者との交渉におけるメリット・デメリットについて話し合うことが有効です。「もしあなたが〇〇してくれたら、私も△△してあげられるよ」「相手が困っている時に助けてあげたら、今度自分が困った時に助けてもらえるかもしれないね」といった、相手との関係性における利益交換や相互協力の視点を提供します。
- 段階1:罰と服従の志向:ルールは破ると罰せられるから守るべき、という考え方です。
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レベル2:慣習的レベル
- 段階3:対人関係の調和の志向(良い子志向):他者からの承認を得ることや、良い人間関係を維持することを重視する考え方です。「良い子」であること、期待に応えることが基準となります。
- 対話例とポイント: 他者の感情や期待、他者からの評価について話し合うことが有効です。「〇〇な行動をとったら、お友達はどんな気持ちになるかな?」「みんなはあなたが△△してくれると、とても喜ぶと思うよ」「あなたは優しい子だから、きっとこういう時にはこうするんじゃないかな?」といった、他者の視点や感情、社会的な期待への言及を通じて、共感や他者からの承認を意識させます。
- 段階4:法と秩序の志向:社会のルールや法、権威を尊重し、社会システムを維持することを重視する考え方です。義務や責任感が基準となります。
- 対話例とポイント: 社会全体の秩序維持や、ルールを守ることの社会的な意義について話し合うことが有効です。「なぜ学校には校則があるんだろう?」「もしみんながルールを守らなかったら、世の中はどうなってしまうかな?」「社会の一員として、私たちはどんな責任があるんだろう?」といった、より広範な社会システムや秩序に関する問いかけを通じて、義務や責任感を意識させます。
- 段階3:対人関係の調和の志向(良い子志向):他者からの承認を得ることや、良い人間関係を維持することを重視する考え方です。「良い子」であること、期待に応えることが基準となります。
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レベル3:後慣習的レベル
- 段階5:社会契約の志向:社会のルールや法は、人々の合意や権利に基づいて変更されるべきものであると考えます。社会の幸福や個人の権利を重視します。
- 対話例とポイント: 社会のルールや法律の背景にある理念、人権、社会全体の福祉について議論することが有効です。「このルールはなぜ作られたんだと思う?」「もしこのルールを変えるとしたら、どんな基準で変えるべきだろう?」「個人の権利と社会全体の利益が対立する時、どう考えたら良いだろう?」といった、社会契約や権利に関するより抽象的な問いかけを通じて、多角的な視点からの検討を促します。
- 段階6:普遍的倫理原理の志向:普遍的な正義、人権、平等といった倫理原理に基づいて判断を行います。自己の良心に従い、時に法を超えた行動をとることもあります。
- 対話例とポイント: 抽象的な倫理原理や正義、人道といった概念について深く議論することが有効です。「何が本当に正しいことだと思う?」「もし自分が世界の指導者なら、どんな原則で世界を治めたい?」「人間の尊厳とは何だろう?」といった、哲学的な問いかけや、普遍的な倫理原理に基づいた思考を促します。ただし、この段階に達する人は少ないとされ、具体的な対話で意図的に促すのは難しい場合が多いです。
- 段階5:社会契約の志向:社会のルールや法は、人々の合意や権利に基づいて変更されるべきものであると考えます。社会の幸福や個人の権利を重視します。
重要なのは、子どもの現在の推論レベルを理解し、そのレベルに寄り添いつつも、少し上のレベルの思考を促すような問いかけや情報提供を行うことです。一方的に正解を教えるのではなく、道徳的なジレンマについて子ども自身が考え、多様な視点に触れる機会を提供することが重要です。
社会学習理論から見る道徳性発達を促す対話
バンドゥーラの社会学習理論は、道徳的な行動や判断基準が学習される過程に光を当てます。対話は、この学習プロセスにおいて、以下の点で重要な役割を果たします。
- モデルとしての対話: 大人は子どもにとって重要な道徳的モデルです。大人が自身の道徳的な判断基準、価値観、そして葛藤状況でどのように考え行動するかを言葉で示し、対話することは、子どもが道徳的な規範を学ぶ上で非常に強力な影響を与えます。例えば、大人が他者への共感を示したり、公正さを重んじる姿勢を見せたり、困難な状況でも正直であることの重要性を語ったりする姿を、子どもは観察し、内面化していきます。「なぜ私はこういう時に悲しい(嬉しい)と感じるのか」「なぜ私はこの選択をしたのか」といった自己開示を含んだ対話も有効です。
- 行動とその結果に関する対話: 子ども自身の行動や、他者の行動について、それがどのような結果をもたらしたのか(物理的な結果、他者の感情、社会的な評価など)を話し合うことは、行動の結果を学習し、将来の行動を調整するのに役立ちます。望ましい道徳的行動がどのような肯定的な結果をもたらしたのか(他者からの感謝、自己肯定感の向上など)を言葉で確認し、強化する対話も効果的です。
- 情動と共感に関する対話: 社会学習理論において、他者の情動反応を観察し、共有する vicarious emotional arousal(代理的情動喚起)は、道徳性の発達、特に共感に基づいた行動の学習に重要です。対話を通じて、子どもが他者の感情を認識し、その理由を理解するのを助けることは、共感能力を高め、利他的な行動や道徳的な判断を促します。「あの子は今、どんな気持ちだと思う?」「なぜそう感じるのかな?」「もしあなたが同じ状況だったら、どう感じるだろう?」といった問いかけが有効です。
- 自己制御と自己効力感に関する対話: バンドゥーラは、道徳的な行動には自己制御が不可欠であると考えました。誘惑に負けず、内的な基準に従って行動するためには、自身を制御できるという感覚(自己効力感)が必要です。対話の中で、子どもが自身の行動目標を設定し、その達成に向けて努力すること、そして道徳的な困難に直面しても適切な判断を下せるという自信を育むように支援することは、自己制御能力と道徳的な自己効力感を高めます。「どうすればその目標を達成できると思う?」「難しい状況だけど、あなたならきっと正しい判断ができるよ」といった肯定的なフィードバックや励ましを含んだ対話が重要です。
理論を統合した実践的な対話のポイント
コールバーグの段階論と社会学習理論からの示唆を踏まえると、道徳性発達を促す子どもとの対話においては、以下の点を意識することが重要です。
- 子どもの道徳的推論レベルを理解する: 子どもがなぜそのように判断するのか、その理由に耳を傾け、現在の道徳性発達段階を把握するよう努めます。これにより、「プラス1推論」を促す適切なレベルの問いかけが可能になります。
- 問いかけを通じて考えさせる: 一方的な説教や答えの提示ではなく、「なぜそう思うの?」「他にどんな考えられる?」「もし状況が違ったらどうなる?」といったオープンな問いかけを通じて、子ども自身が多様な視点から考え、自身の推論を深める機会を提供します。
- 具体的な状況やジレンマを活用する: 日常生活で起こった出来事や、絵本、ニュースなどで見聞きした道徳的なジレンマを取り上げて話し合うことは、子どもの関心を引き、具体的な状況の中で道徳的な判断を考える良い機会となります。ハインツのジレンマのような仮想のジレンマも、抽象的な思考を促すのに有効です。
- 他者の視点や感情への共感を促す: 「相手はどう感じていると思う?」「なぜ相手はそんな行動をとったのかな?」といった問いかけや、他者の立場に立って考えるロールプレイングなどを通じて、子どもの共感能力と視点取得能力を育みます。
- 大人が道徳的なモデルを示す: 大人が誠実さ、公正さ、他者への配慮といった道徳的な価値観に基づいた行動をとり、また、自身の道徳的な判断過程を言葉で説明することは、子どもにとって最も強力な学習機会となります。
- 望ましい道徳的行動を認識し強化する: 子どもが共感的な行動をとったり、正直さを貫いたりした時には、その行動自体と、それがなぜ望ましいのか(他者を助けた、信頼関係を築いたなど)を具体的に言葉で伝え、承認することが、道徳的な行動の定着を促します。
まとめ
子どもの道徳性発達は、一朝一夕に進むものではなく、長い時間をかけた複雑なプロセスです。心理学的な知見に基づけば、子どもは単にルールを暗記するのではなく、能動的に道徳的な判断基準を構築し、また周囲の社会的環境との相互作用を通じて道徳的な行動様式を学習していきます。
コールバーグの道徳性発達段階論は、子どもの道徳的推論の質的な変化を理解するための枠組みを提供し、子どもが自身の現在の段階から少し上の段階の思考に触れることの重要性を示唆しています。一方、バンドゥーラの社会学習理論は、モデリング、強化、共感、自己制御といったメカニズムが道徳性の学習に果たす役割を強調し、具体的な行動や感情、自己効力感に焦点を当てた対話の有効性を示しています。
これらの理論から導かれる実践的な対話のアプローチを組み合わせることで、私たちは子どもがより高次の道徳的推論を行えるように促し、同時に、共感に基づいた行動や社会的に適切な振る舞いを身につけるのを支援することができます。一方的な「指導」ではなく、子どもの内なる声に耳を傾け、共に考え、共に学ぶ「対話」こそが、子どもの豊かな道徳性を育むための重要な鍵となるのです。教育や支援の現場において、これらの心理学的な視点を踏まえた対話が、子どもたちの健やかな道徳性発達に貢献することを願っております。