心理学で探る!子どもの記憶特性を踏まえた対話(質問)の技術 - 暗示可能性への注意
子どもとの対話は、彼らの内面を理解し、成長を支援する上で不可欠な要素です。特に、子どもから特定の出来事に関する情報を聞き出す「質問」という行為には、大人の記憶とは異なる子どもの記憶の特性への深い理解が求められます。心理学的な視点から子どもの記憶特性を捉え、それを踏まえた適切な対話(質問)の技術を身につけることは、子どもの語りを正確に理解し、彼らに不必要な心理的負担をかけないために極めて重要となります。
子どもの記憶に関する心理学的な知見
子どもの記憶は、大人の記憶システムとは異なる特徴を持ち、発達に伴って変化していきます。心理学の研究は、この発達過程と特性について様々な知見を提供しています。
記憶の発達と種類
記憶は単一の機能ではなく、様々なシステムから成り立っています。エピソード記憶(特定の出来事に関する記憶)や意味記憶(一般的な知識に関する記憶)は、幼児期から発達が始まりますが、その性質は年齢によって異なります。幼い子どもは、出来事の断片的な情報や、感情的に印象深い部分を記憶しやすい傾向があります。また、繰り返し経験される出来事については「スクリプト」と呼ばれる定型的な記憶構造を形成しやすく、個別のエピソードよりもスクリプトに沿って出来事を語ることがあります。
子どもの記憶の特性
心理学的な研究によれば、子どもの記憶にはいくつかの特徴が見られます。
- ワーキングメモリ容量の限界: 一度に処理できる情報量や、情報を保持しながら操作する能力(ワーキングメモリ)は、発達段階によって異なります。幼い子どもはワーキングメモリ容量が小さいため、複雑な指示や多くの情報を含む質問を一度に理解し処理することが難しい場合があります。
- 中心情報と周辺情報の処理: 子どもは、出来事の中心的な情報(例えば、「公園に行った」)は記憶しやすい傾向がありますが、周辺的な詳細(誰がいたか、何色の服を着ていたかなど)は記憶しにくかったり、曖昧になったりすることがあります。
- 時間感覚の曖昧さ: 出来事の順序や、いつ起こったかといった時間に関する記憶は、発達の遅い側面の一つです。具体的な日付や時間に関する質問は、子どもにとっては非常に難しい場合があります。
これらの特性を理解することは、子どもが語る情報がどのような性質を持つのかを推測し、彼らの発話を適切に解釈するための基礎となります。
暗示可能性のメカニズムとその要因
子どもの記憶特性の中でも特に注意が必要なのが「暗示可能性(suggestibility)」です。暗示可能性とは、外部からの情報(特に質問など)によって、記憶が影響を受けたり、歪められたりしやすい傾向を指します。エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)らの研究に代表されるように、質問の仕方によって偽りの記憶が植え付けられる可能性は、特に子どもにおいて高いことが示されています。
暗示可能性を高める要因
暗示可能性は、いくつかの要因によって高まることが知られています。
- 年齢: 一般的に、年齢が低いほど暗示可能性は高い傾向があります。認知能力や言語能力が未発達であること、現実と空想の区別が曖昧であることなどが要因と考えられます。
- 質問形式: 誘導的な質問は、子どもの記憶に大きな影響を与えます。例えば、「あの時、〇〇くんが泣いていたね?」のような質問は、子どもが実際に泣いていたかどうかに関わらず、「泣いていた」という情報を肯定させやすい誘導的な質問です。否定疑問文なども誘導的になりやすい形式です。
- 権威者の存在: 信頼する大人や権威者(親、教師、専門家など)からの質問に対しては、子どもは迎合しようとしたり、その期待に応えようとしたりする傾向があります。これは、社会的要因による暗示可能性と言えます。
- 繰り返しの質問: 同じ質問を繰り返し行うことや、異なる人が繰り返し同じような内容を尋ねることも、子どもの記憶に影響を与え、虚偽の応答を引き出す可能性があります。子どもは質問者の求める答えを推測し、それに合わせようとすることがあります。
- 報酬や圧力: 質問に答えることに対する報酬を示唆したり、答えを引き出すための圧力をかけたりすることも、記憶の報告を歪める要因となります。
記憶特性と暗示可能性に配慮した対話(質問)の技術
これらの心理学的な知見を踏まえると、子どもから信頼性の高い情報を引き出し、同時に子どもの心理的負担を軽減するためには、特定の対話(質問)技術が必要となります。
1. 開かれた質問を基本とする
具体的な情報を子ども自身の言葉で語ってもらうためには、回答の範囲を限定しない開かれた質問を基本とします。「何があったの?」「それからどうなったの?」といった質問は、子どもが自由に思い出したことを話すことを促します。「〇〇だった?」のような「はい/いいえ」で答えられる閉ざされた質問や、特定の情報を含む誘導的な質問は、極力避けるようにします。
2. 子どもの言葉を尊重し、そのまま受け止める
子どもが語った内容に対して、すぐに訂正したり、大人の解釈を重ねたりせず、まずは子どもの言葉遣いや表現をそのまま受け止めます。理解できない部分や曖昧な部分があれば、「それはどういうことかな?」「もう少し詳しく教えてくれる?」のように、追加の説明を求める形で質問をします。
3. 肯定や否定をしない姿勢
子どもが語る内容に対して、その場で「すごいね!」「違うよ」のように、内容の真偽や評価に関わる肯定・否定の反応を直接的に示すことは控えます。評価的な反応は、子どもが「正しい」答えを推測し、それに沿うように語りを修正してしまう可能性があるためです。まずは、子どもの語りを注意深く聴くことに徹します。
4. 沈黙を恐れず、子どものペースに合わせる
子どもは情報を思い出したり、言葉を選んだりするのに時間がかかることがあります。質問の後、すぐに次の質問をするのではなく、子どもが考えるための十分な時間(沈黙)を与えることが重要です。大人が焦って質問を重ねると、子どもはプレッシャーを感じ、適当な返答をしたり、大人に迎合した答えを選んだりする可能性があります。
5. 事実と空想の区別を意識する
特に幼い子どもは、現実の出来事と自分の願望や空想を混同することがあります。子どもが語る内容が、現実の出来事なのか、それとも想像や願望なのかを注意深く聴き分け、必要に応じて「それは本当のお話?それともお空のお話かな?」のように、やさしく区別を促す質問を検討します。ただし、これは子どもの語りを否定する形にならないよう細心の注意が必要です。
6. 繰り返し尋ねる際は表現を変える
同じ出来事について繰り返し情報を得る必要がある場合でも、毎回全く同じ質問を繰り返すことは避けます。同じ質問の繰り返しは、子どもに不必要なプレッシャーを与えたり、前回の回答に固執させたり、暗示可能性を高めたりする可能性があります。表現を変えたり、別の角度から尋ねたり、出来事の他の部分について尋ねたりする工夫が有効です。
7. 記憶の引き出しを助ける非誘導的な技法
より専門的な文脈(例:聞き取り調査)では、認知面接(Cognitive Interview)のような、記憶の引き出しを助けるための非誘導的な技法が有効です。これは、特定の情報に焦点を当てるのではなく、出来事全体を可能な限り詳細に思い出してもらうことを目的とした技法です。例えば、「あの時のことを、覚えている限り何でもいいから教えてくれる?」「あの時、何を考えていたか教えてくれる?」のように、出来事の情動面や認知面からの想起を促すことも有効とされます。
まとめ
子どもの記憶特性、特に暗示可能性を理解することは、子どもとの対話において非常に重要な視点です。心理学的な知見に基づいた、誘導を避け、子どもの言葉を尊重し、子どものペースに合わせた質問技術を用いることで、より正確で信頼性の高い情報を子どもから得ることが可能になります。これは、子どもの内面を深く理解し、彼らの心理的安全性を確保した上で、必要な支援を行うための基盤となります。教育や支援の専門家を目指す者にとって、これらの知識と技術は、子どもとの建設的な関係を築き、その健やかな成長をサポートするために不可欠であると言えるでしょう。